富岡八幡宮の元宮司で、姉を殺害するという事件を起こした富岡茂永容疑者。


茂永容疑者本人は自殺してしまったのですが、事件後もいろいろなことが話題になっていますよね。


注目されているのは、茂永容疑者が事件を起こした背景にあるお家騒動や、これまでの茂永容疑者の素行、性格、そして、事件後2800箇所に送られたという遺書とも取れる手紙。


これだけのことをするのですから、普通の考えの人ではないと思っていましたが、茂永容疑者は、かつて日本会議のメンバーとして先頭に立っていたことがあったと言うからオドロキです。




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富岡八幡宮と日本会議

日本会議は、1997年に設立された極右団体として知られています。


この日本会議の全身は「日本を守る会」という組織だったのですが、円覚寺貫主・朝比奈宗源氏の呼びかけに、神道や仏教界が応じる形で誕生しました。


この設立に尽力したのが、茂永容疑者の祖父である、富岡盛彦氏。


盛彦氏は、現在でいう神社本庁の総長を務めるほどの存在であったため、富岡八幡宮と日本会議は設立当時から切っても切り離せない関係だったことがよくわかりますよね。


極右団体と呼ばれているように、日本会議の思想はかなり右寄りです。


大東亜戦争肯定論
靖国神社参拝
自衛隊法改正
学校教科書内の「反国家的」記述の是正

など。

聞いただけでもわかりますね^^;


そして、茂永容疑者ですが、1998年7月に、日本会議江東支部長に就任していたんです。


さらに、彼の活動はかなり活発で、思想を現実に持っていく行動力がよく現れています。



歴史修正主義者

茂永容疑者が就任した1990年代は、戦争の悲惨さを後世に伝えるための、戦争資料館が各地で建設されていました。


ところが、日本会議にとって、こうした資料館は、「日本の加害展示」とし、「自虐的」になるため、資料館建設には強く反対していました。


神社本庁も日本会議に同調していましたし、茂永容疑者も撤回運動に参加するなど積極的だったようです。


実際に、建設予定だった東京都平和祈念館がそれを断念してしまったのです。



戦争の悲惨さを後世に伝えて平和の大切さを知ってもらおうという東京都の試みは、茂永容疑者にとっては、日本を自虐的に陥れる陰謀とうつったのでしょうか。


そしてそれを徹底的に潰すまで戦う。


今回茂永容疑者は、長子さんを殺害し、長子さん側の人たちに「要望を飲まなければ祟る」とまで言って恐怖に陥れましたが、相手を完全な悪に位置づけて、徹底的に消し去るという行為は、日本会議江東支部長時代に没頭した、歴史修正主義運動のときと変わりませんよね。


思想が極端になると、反対の思想を100%悪として拒絶し、どんな手段を使っても消し去るという行為に出ますが、茂永容疑者もそういう極端な思想の持ち主だったと思います。


自分が絶対正しく、相手は完全な悪。


ある意味神コンプレックスを感じますね。




参考サイト:
http://lite-ra.com/2017/12/post-3657.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BC%9A%E8%AD%B0